胸オペ・乳腺切除術について

FTMの外科的治療の一つ、胸オペとも呼ばれている乳房切除術についてお伝えします。

身体的変化が大きい治療ですので、ホルモン治療と並び生活の質を向上させる非常に大切な治療です。

胸オペの概要

手術の目的

乳房切除術は乳腺で膨らんだ胸を平らで男性的な胸に戻すことです。

特に胸の膨らみは女性的な象徴としての側面があるため、その存在を望まない場合は非常に大きな生活の支障となり、QOL(クオリティーオブライフ、生活の質)を著しく損なうことになります。

乳房切除術は胸の形成術を経て、QOLの向上を目的とした治療であると考えています。

手術を受けられる年齢

乳腺の摘出という身体的変化も大きく、もとの状態に戻すことは不可能な治療ですので、原則は20歳以上の方が手術の対象となります。

しかし、精神科医による性同一性障害の診断があり、親権者の同意がある場合に限り未成年の方も適宜対応しています。

未成年の方も乳腺摘出術を行っているは、限りある10代の貴重な時間を大切にして欲しいと考えているからです。

ガイドラインとの兼ね合い

日本精神神経学会主導の「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」においては

第一段階:精神的サポート
第二段階:ホルモン療法と乳房切除術
第三段階:性器に関する手術

という手順を踏んで進めることを原則的に推奨しています。

ガイドラインに沿った進め方が原則ではあるのですが、現実的には「精神科受診が難しい」「精神的サポートを必要としていない」「戸籍変更までは考えていない」「性自認が中性(FTX)である」「乳房の存在のみが受け入れがたい」など様々な理由でガイドラインに沿ったステップを踏めないケースが多々あります。

このような場合、ガイドラインの順守に固執することは治療を希望される方のメリットにつながりませんので、個々の状況に応じて治療を行っていくことが大切だと考えています。

※ガイドライン自体は医療者に対する指針であり、治療を受ける方に対する規則ではありません。

手術法

手術法は乳房の大きさや下垂の程度、可能な手術回数などによって様々ありますが、私は「乳腺摘出術(U字切開)」か「乳房切除+乳輪乳頭移植」のどちらかで行っています。

乳腺摘出術

乳輪の外周に沿って半周切開し、乳腺の摘出を行う方法です。

皮下脂肪がある場合は脂肪吸引を併用します。

乳腺摘出

赤線:傷跡の位置

この手術のメリットは上の図のように傷跡が小さく、目立ちにくいことです。

一方、皮膚が余る可能性があり、余った皮膚はたるみやシワの原因になります。

乳房があまり大きくなく、下垂も軽度まで場合はこの方法が適応になります。

その他、年齢も重要なファクターです。
20歳前後でしたら皮膚の収縮が期待できますので、ある程度大きな乳房でもこの方法で対応できることが多いです。

しかし、30歳以降になると皮膚の収縮があまり期待できなくなりますので、後述する乳房切除の方がよい場合があります。

その他、治療にかけられる期間や最終的な状態に対するイメージ等を相談し、術式を決定します。

乳房切除+乳輪乳頭移植

乳腺の摘出と余剰皮膚の切除を同時に行う方法です。

乳輪乳頭は一緒に切除されますので、移植またはタトゥーで再建します。

乳房切除

赤線:傷跡の位置

この手術は下垂が大きく、皮膚の収縮だけでは形がきれいにならないと予想される場合に選択します。

傷跡が大きいことがデメリットですが、症例によってはメリットも多くあります。

まず、人前で裸になることがどれくらいあるか考えることです。
多くの人がTシャツ1枚になることは頻繁にあっても、上半身裸を人前にさらすことは意外と少ないものです。

温泉やプールが裸になる代表的な機会でしょうが、プールもラッシュガードを着ている人、結構います。

となると、傷は大きくともTシャツ1枚になった時に、中途半端な膨らみや皮膚の余りが無い方が良いのではないかという考えに至ります。

また、乳房が大きい場合、上述の乳腺摘出術では術後お水が貯まることが時々あるのですが、この乳房切除術ではお水が貯まることはまずありません。

メリットとデメリットを十分に考えた上で治療を選択することが大切です。

治療の流れ

当院における治療の流れを説明します。

診察

予約の上、診察に来院してください。

診察では超音波検査を用いて乳腺の大きさ、皮下脂肪の厚さ、下垂の程度を計ります。

その後手術の方法、術後経過、リスク等について説明します。

手術を希望される場合は採血検査を行います。

手術当日

8:50 来院・術前診察

手術前に再度ご質問などをお伺いします。

9:00 着替え、準備

術前診察が終わりましたら、手術用の衣服に着替えて頂きます。

9:05 麻酔導入

血圧、心電図などのモニターをチェックし、麻酔を開始します。

点滴から麻酔の薬が入り、あっという間に眠ってしまいます。次に目が覚めた時には手術は終了しています。

9:15 手術開始

麻酔で完全に眠った状態になりましたら手術を開始します。

12:45 手術終了

乳腺切除もしくは乳房切除を行い、最後にドレーンという細い管を乳腺切除部に挿入して傷を縫合し、手術終了です。

ドレーンとは、術後のジワっとした出血を袋に吸い出すための装置です。

また、切除した乳腺は組織検査に提出します。
乳がんの存在を見落とさないためにも、当院では必ず行っています。

12:55 麻酔から覚める

手術終了から5~10分で麻酔から覚めます。

13:00 回復室に移動

麻酔から覚めたとはいえ、まだ寝ぼけたような状態ですので、隣の回復室に移動していただき、2~3時間ほど休憩します。

2~3時間も休憩すると普通に歩いて退院できるようになります。

16:00 退院

この後、食事が可能になります。

手術当日は食事やトイレなど必要最低限の行動に留めていただき、あとはゆっくり安静にしてください。

手術当日に最も気を付けることは再出血です。
再出血を防ぐために、以下の3点に注意してください。

① できるだけ安静にする

痛みがあまりない場合も外出は控え、ソファーやベッドでゆっくり過ごすようにしてください。

動き回ってしまうと心拍数と血圧が上昇し、出血しやすくなります。

② お酒は飲まない

手術当日の夜は絶対に飲んではいけません。

お酒も心拍数や血圧の安定に悪影響を与えます。手術結果に直接関わりますので、グッと我慢しましょう。

③ 痛みがあるときは痛み止めを使用する

痛みを我慢すると血圧が上がります。痛いときは無理に我慢せずに痛み止めを使用してください。

上記3つは非常に大切ですので、必ず守ってください。

術後の痛みについて

術後の痛みは「強い筋肉痛」という表現が最もあてはまります。
通常は痛み止めの内服薬で十分対応できる程度の痛みです。

痛みの程度は個人差があるのですが、手術当日から翌日までの間に痛み止めを2~3回使用する方が最も多いです。

痛みのピークは手術当日の夜から翌日の午前中までで、それ以降は少しずつ良くなってきます。

翌日検診

術後の状態チェックとドレーンを抜きます。

ドレーンを抜くときは引っ張られる感覚はありますが、強い痛みはありません。

※なぜかこの「ドレーンを抜く」を非常に痛いものと想像している方が多いのですが、通常痛みはほとんどありません。
中には少し引っかかりがあって痛みがあることがあるのですが、それはレアケースです。

処置は5分位で終了します。

処置の後、自宅でのケアについてご説明します。

自宅でのケアは「傷にテープを貼る」と「胸にバンドを巻く」の2点です。

シャワーは傷にテープを貼ったまま浴びることができます。お腹まででしたら、湯船のお湯につかることも可能です。
(乳輪移植した場合は、移植部位を濡らさないようにする必要があります。)

また、術後1か月間、胸にバンド(サポーターのようなもの)を巻きます。

このバンドは手術部位の皮膚がよれたり、変なシワが入ってしまったりしないようにするためのものです。

術後特に問題がなければ、2~3日目から軽いウォーキングやジョギングが可能になります。あまりハードでない筋トレも可能です。

激しい接触があるスポーツは術後3週間からになります。

抜糸

術後1週間~10日の時点で抜糸します。

抜糸は5分位で終了します。抜糸の痛みはほとんどありません。

内出血は術後1週間頃から次第に紫から黄色に色が変わってきます。色が黄色に変わったら、あと1週間ほどで完全に消えます。

腫れに関しては術後1週間の時点ではまだ残っています。

この後ゆっくりと腫れがひいてきますが、痩せ型の方で約1か月、それ以外の方は約3か月かけて腫れがひいてきます。

抜糸が終わる頃にはだいぶ痛みも軽くなっています。

徐々に元の生活に戻していってください。

この頃になると軽い運動を行った方が全身の血行がよくなるため、かえって回復が早くなります。

引き続き、日中の胸のバンドは継続してください。

1か月検診

遠方の方、多忙で時間がとれない等の方は行っていませんが、通常は術後1か月の時点で検診を行っています。

また、乳腺組織の組織検査の結果も1か月検診の時点でお伝えしています。

この時期はまだ以下のような症状が残っています。

≪腫れ≫

早い方は術後1か月頃には腫れがほぼ無くなっています。しかし、通常は1か月の時点ではまだ軽度の腫れが残っています。

≪硬さ≫

術後1か月頃は皮膚が一番硬くなります。

これは皮下脂肪が一時的に硬くなることによる症状です。約半年から1年かけて徐々に柔らかくなっていきます。

≪痛み≫

1か月の時点でもまだ「たまにチクチクする」「動かすと少しつっぱるような感じがする」といった症状があります。

これは、1か月の時点では傷が治ったように見えているのですが、皮膚の下では瘢痕と呼ばれる硬い線維状の組織がたくさんできていますので、腕を大きく動かすと胸のつっぱり感がでます。

また、手術によって細かい神経(皮膚の感覚に関する神経)がダメージを受けていますので、違和感やチクチク、ピリピリといった症状がでます。

これらの症状は数か月~1年位かけてゆっくりと改善してきますので、あせらずに待つことが大切です。

≪皮膚のたるみ≫

もともと乳腺が大きかった方や皮膚の下垂があった方は、まだ皮膚が余った状態です。

術後数か月から1年かけてゆっくりと皮膚が縮んできます。

このように、術後の影響というのは思ったより長く、1年後が手術の結果です。
それまでは少しずつ色んな変化があります。