女性化乳房(じょせいかにゅうぼう)は男性の胸が膨らむことなのですが、「夏にTシャツ一枚になれない」「プールに入れない」「修学旅行、社員旅行に行きたくない」など学校生活、社会生活に大きな支障をきたすことが少なくありません。
また、女性化乳房を専門的に扱う施設が少ないこともあり、女性化乳房の原因、治療法などの情報が十分伝わっているとは言えない状況です。
この記事が女性化乳房について詳しく知る手助けになればと思います。
目次
女性化乳房とは?
女性化乳房とはどのようなものなのでしょうか。
まずは女性化乳房について知ることから始めましょう。
女性化乳房の症状
女性化乳房には典型的な症状がいくつかあります。
胸の膨らみ
全ての女性化乳房に認められるとも言える症状です。
ただし、膨らみ方はさまざまです。
左右両方の胸が膨らむ場合が多いのですが、片方の胸だけ膨らむことも珍しくありません。
また、膨らみの程度も乳輪部分だけ膨らむ場合もあれば、いわゆる女性の胸のように大きく乳房が発達する場合もあります。
しこり
女性化乳房のうち乳腺が発達するタイプの場合、膨らみの部分が硬くなります。
乳腺は皮下脂肪に包まれているのですが、皮下脂肪より乳腺は硬いので乳腺が発達するとしこりとして触れるようになるのです。
ただし、乳腺の発達を認めず、皮下脂肪のみ増えた場合はしこりを触れません。
痛み
痛みは女性化乳房でよく認められる症状です。
- 何もしていない状態でもチクチクする
- 手で押したりうつ伏せで圧迫されたりすると痛みが出る
- 走ったりジャンプしたりすると痛みがでる
痛みがあると悪い病気ではないかと心配される方もいらっしゃいますが、乳がんの場合は痛みを伴うことはあまりありません。
上記のような症状がある場合は女性化乳房の可能性が高いです。
※男性の乳がんに関してはこちらも参考にしてください⇒ 男性の胸が膨らむ疾患と乳がんについて
かゆみ、皮膚炎
女性化乳房の身体的症状は上記の「胸の膨らみ」「しこり」「痛み」が3大症状なのですが、稀に乳輪周囲のかゆみや赤くなる皮膚炎を伴うことがあります。
女性化乳房の種類
女性化乳房は膨らみの原因から「真性女性化乳房」と「偽性女性化乳房」の2種類に分けられます。
真性女性化乳房
乳腺が発達することによって胸が膨らみます。
実は女性化乳房の9割以上は乳腺の発達を認めますので、女性化乳房のほとんどが真性女性化乳房なのです。
※真性女性化乳房に関する詳細は真性女性化乳房についても参照にしてください。
偽性女性化乳房
乳腺の発達を認めず、皮下脂肪が増えたことによって胸が膨らんだ状態を指します。
偽性女性化乳房は女性化乳房の1割未満です。
ただし、偽性女性化乳房から真性女性化乳房に移行する場合もありますので、注意が必要です。
※偽性女性化乳房に関する詳細は偽性女性化乳房についても参照してください。
女性化乳房の原因
女性化乳房になる原因は何なのでしょうか。
ここからは女性化乳房の原因について解説します。
生理的変化
年齢変化に伴うホルモンバランスの崩れによって女性化乳房を発症することがあります。
女性化乳房の約25%が生理的な原因なのです。
生理的なホルモンバランスの崩れが起こりやすい時期、すなわち女性化乳房になりやすい時期は「新生児期」「思春期」「更年期」の3期あります。
新生児期
お母さんの女性ホルモンが胎盤を通して子供に運ばれるため、新生児期の男の子は一時的に乳腺が発達します。
新生児期の女性化乳房は、通常数週間以内に軽快します
思春期
思春期に入ると男性ホルモンが増加し、声変わりや性器の発達が始まります。
一方、男性も体の機能を健常に保つために女性ホルモンが必要です。
男性の場合、男性ホルモンを原料に女性ホルモンを作っていますので、思春期に男性ホルモンが増えるということは、女性ホルモンの原料が増えることを意味します。
その結果、思春期には女性ホルモンも増えてしまいますので乳腺が発達しやすくなります。
これが思春期に男の子の胸が膨らむ原因です。
※思春期の女性化乳房に関する詳細は思春期の乳腺肥大も参考にしてください。
更年期
男性ホルモンは30代以降、徐々に少なくなります。
特に更年期に入ると男性ホルモンが減るスピードは更に速くなりますので、集中力の低下、疲れやすさ、勃起障害など男性更年期障害の原因となるのです。
また、男性ホルモンの減少により、女性ホルモンが男性ホルモンより相対的に高くなりますので、乳腺が発達しやすい状況になります。
更に更年期には乳腺の発達のほか、多くの男性に皮膚弛緩、脂肪沈着などをある程度認めるため、60%以上の中高年男性に女性化乳房の症状を認めたという統計データもあります。
特発性
特発性というと学術的に聞こえますが、単に原因不明ということです。
しかも女性化乳房の原因として特発性は25%もあるのです。
もちろん特発性(原因不明)と診断するからには後述する薬や疾患による原因を除外する必要があります。
肥満
肥満と女性化乳房は非常につながりが深いのです。
胸の脂肪が増えることによって偽性女性化乳房(脂肪で胸が膨らんだ状態)になるのですが、肥満と女性化乳房の関係はそれだけにとどまりません。
実は肥満によって女性ホルモンが増えやすくなるのです。
繰り返しになりますが、男性は男性ホルモンを原料に女性ホルモンを合成しています。
女性ホルモンの合成は、脂肪に存在するアロマターゼという酵素の働きによって行われています。
脂肪細胞が発達している肥満の場合、アロマターゼの活性が高まりますので、女性ホルモンの合成が促進され、乳腺が発達しやすくなります。
したがって、肥満は皮下脂肪による偽性女性化乳房だけでなく、乳腺が発達する真性女性化乳房にもなりやすくなるのです。
疾患
女性化乳房の原因として頻度は少ないのですが、他の疾患が原因で女性化乳房を発症する場合があります。
肝硬変
肝硬変とは長期にわたる肝臓の炎症のため文字通り肝臓が硬く変化してしまい、肝臓としての機能を果たせなくなってしまう状態のことです。
肝硬変の原因は約8割が肝炎ウイルスによるものです。
肝臓の役割の一つは女性ホルモン(エストロゲン)の分解です。
肝硬変によって肝臓の働きが悪くなると、女性ホルモンを分解できなくなります。
すると体内に余った女性ホルモンが増えてしまいますので、乳腺が発達し女性化乳房を発症しやすくなるのです。
性腺機能低下
男性の場合、精巣で男性ホルモン(テストステロン)が作られています。
さまざまな原因で、精巣で作られる男性ホルモンの量が減少し、女性化乳房の原因となることがあるのです。
先天的な原因としてはクラインフェルター症候群、アンドロゲン不応症、先天性睾丸欠損症などがあります。
後天的な原因としては精巣外傷や精巣炎が原因となります。
腫瘍(乳腺腫瘍以外)
体のどこかに腫瘍が存在することで女性化乳房を発症することがあります。
代表的な腫瘍として「副腎腫瘍」「hCG産生胃がん」「hCG産生肺がん」「hCG産生腎がん」「下垂体腫瘍」「精巣腫瘍」などがあります。
これらの腫瘍は体内の性ホルモンのバランスを崩すことがありますので、女性化乳房を伴うことがあるのです。
甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症の10~40%の男性に女性化乳房を認めます。
甲状腺機能亢進症の症状は「動悸」「多汗」「手の震え」「原因もなく痩せる」「疲れやすい」などです。
治療によりホルモンバランスが正常化すれば1~2か月で女性化乳房は解消します。
薬剤性
副作用として女性化乳房を発症する可能性がある薬などがあります。
比較的身近なものも多いですので、チェックしていきましょう。
医薬品
頻度不明のものもありますが、基本的には頻度が少ないことがお分かりになると思います。
女性化乳房の副作用がある薬品一覧 |
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薬の種類 | 代表的な薬品名 | 頻度 |
AGA治療薬 | プロペシア | 不明 |
抗うつ薬 | ドグマチール | 0.1~5%未満 |
デパス | 不明 | |
パキシル | 不明 | |
抗てんかん薬 | テグレトール | 不明 |
抗アレルギー薬 | セルテクト | 不明 |
胃薬 | ガスター | 0.1%未満 |
タガメット | 0.1~5%未満 | |
降圧薬 | アダラート | 0.1%未満 |
カルスロット | 0.1%未満 | |
強心薬 | ラニラピッド | 0.1%未満 |
利尿薬 | アルダクトンA | 0.1~5%未満 |
高脂血症治療薬 | クレストール | 不明 |
前立腺肥大治療薬 | アボルブ | 1%以上 |
ザガーロ | 1%未満 |
AGA治療薬(プロペシア)や抗うつ薬(ドグマチール、デパス、パキシル)は比較的若い年齢から使用することが多いためか、私が治療してきた薬剤性の女性化乳房の中では数が多い(もしくは治療を希望される方の人数が多い)印象があります。
筋肉増強剤
アナボリックステロイド、プロホルモンなどを使用することによって女性化乳房を発症する場合があります。
筋肉増強目的のホルモンは男性ホルモン(テストステロン)です。男性ホルモンを体内で増やすことによって筋肉の発達を促します。
普段から男性の体内でも男性ホルモンから女性ホルモンが作られていますので、人工的に男性ホルモンが体内で増えると自動的に体内で産生される女性ホルモンが増えてしまいます。
そして女性ホルモンによって乳腺が刺激され、乳腺が発達します。
アルコール(お酒)
アルコール多飲も女性化乳房の原因となります。
長期のアルコール多飲によって体内の男性ホルモンが低下することが分かっています。
アルコールの多飲によって肝硬変(肝臓が機能しなくなるほど不可逆的にダメージを負ってしまった状態)になるために女性化乳房になるとも一部メディアで伝えられています。
しかし、アルコールが原因で肝硬変になるまでには大量の飲酒を20年ほど続けなければなりませんので、肝硬変よりも先にホルモンバランスの崩れによる女性化乳房を発症すると考える方が自然でしょう。
大豆
Soy Protein(大豆たんぱく)の摂取は男性ホルモン(テストステロン)の低下を招くとの研究報告があります。
当院で女性化乳房の治療を行った方の中には昔プロテインを摂取している時期があり、その頃に胸が膨らんできたとういうケースがたまにあります。
大豆と女性化乳房の関連はまだ十分な検討が必要なのですが、何にせよ体に良いと言われる食物でも摂取しすぎは注意が必要です。
女性化乳房の診断
上記の症状、原因にあてはまる場合は女性化乳房の疑いがあります。
では、女性化乳房を疑った場合、どこを受診すればよいのでしょうか?
女性化乳房を取り扱う診療科は?
女性化乳房かどうか調べたい場合は
- 乳腺外科
- 形成外科
のどちらかを受診されることをお勧めします。
女性化乳房は触診だけでもある程度の診断はつきますが、やはり超音波やMRIなどの画像検査が欠かせません。
保険診療も行っている乳腺外科もしくは形成外科であれば画像検査まで行えることがほとんどですので、事前に女性化乳房の診察を行っているか確認の上、受診されてください。
※美容外科でも女性化乳房を取り扱っているのですが、画像検査を行わない施設が多いのでここでは除外しました。
画像検査の他に採血検査で肝臓、腎臓、甲状腺、下垂体、性ホルモン値のチェックを行うことで隠れた疾患を見落とさないことも大切です。
女性化乳房の治療
ここからは具体的な治療内容について解説します。
治療の必要性
女性化乳房自体は癌のように「悪いもの」ではありません。
しかし、男性にとって胸が膨らむということは非常に気になるものです。
治療の動機が「夏にTシャツ一枚になれない」「プールに入れない」「修学旅行、社員旅行に行きたくない」など学校生活、社会生活に大きな支障があるケースも稀ではありません。
上記のような大きな支障が無い場合でも、女性化乳房の治療を受けられた方のほとんどが治療によってこれまでのストレスが無くなり、快適に生活できるようになったと感じています。
したがって、女性化乳房によって日々の生活にストレスがかかっている場合は治療を考える段階だといえます。
手術方法
乳輪の外周に沿って半周切開し、乳腺の摘出を行います。
乳腺を摘出しただけですと、乳腺摘出部位のみがやや凹んだ感じになりますので、乳腺摘出部位の周囲を脂肪吸引し、なだらかな胸の形を形成します。

赤線:傷の位置
ほとんどの女性化乳房手術は全身麻酔で行います。
乳輪部分の膨らみを認める、乳腺が小さいタイプの場合は局所麻酔手術で行う場合もあります。女性化乳房手術の実際~局所麻酔手術~
女性化乳房手術の流れ
ここでは当院で行っている女性化乳房手術を例として実際の流れをお伝えします。
女性化乳房手術当日
9:00 来院・術前診察
手術前に当日の健康状態のチェック、ご質問などをお伺いします。
9:05 着替え、準備
術前診察が終わりましたら、専用のガウンに着替えて頂きます。
9:10 麻酔導入
腕から点滴の注射をします。血圧、心電図などのモニターをチェックし、麻酔開始です。
点滴から麻酔の薬が入り、あっという間に眠ってしまいます。次に目が覚めた時には手術は終了しています。
9:20 手術開始
麻酔で完全に眠った状態になりましたら手術を開始です。
12:20 手術終了、麻酔から覚める
手術終了から5~10分で麻酔から覚めます。
12:30 回復室に移動
麻酔から覚めたとはいえ、まだ寝ぼけたような状態ですので、隣の回復室に移動していただき、2時間ほど休憩します。
2時間も休憩すると普通に歩いて退院できるようになります。
15:00 退院
手術終了から約6時間(通常午後6~7時ごろ)から食事ができます。
手術当日は食事やトイレなど必要最低限の行動に留めていただき、あとはゆっくり安静にしてください。
術後の注意事項
術後最も気を付けることは再出血を起こさないようにすることです。
再出血を防ぐために、以下の3点に注意してください。キーワードは「血圧を上げない」です。
① できるだけ安静にする
痛みがあまりない場合も外出は控え、ソファーやベッドでゆっくり過ごすようにしてください。
動き回ってしまうと、心拍数が増え、血圧が上がってしまいます。
② お酒は飲まない
手術当日の夜は絶対に飲んではいけません。
お酒も心拍数や血圧の安定に悪影響を与えます。手術結果に直接関わりますので、グッと我慢しましょう。
③ 痛みがあるときは痛み止めを使用する
痛みを我慢すると血圧が上がります。痛いときは無理に我慢せずに痛み止めを使用してください。
上記3つは非常に大切ですので、必ず守るようにしてください。
術後の痛みについて
術後の痛みは「強い筋肉痛」という表現が最もあてはまります。
通常は痛み止めの内服薬で十分対応できる程度の痛みです。
痛みの程度は個人差があるのですが、手術当日から翌日までの間に痛み止めを1~2回使用する方が最も多いです。
痛み止めを全く使用しない方も珍しくありません。
痛みのピークは手術当日の夜から翌日の午前中までです。それ以降は少しずつ良くなってきます。
手術翌日から術後1週間までの経過と過ごし方
翌日検診
術後の状態チェックとドレーン(溜まった血液を外に出す管)を抜きます。
ドレーンを抜くときは引っ張られる感覚はありますが、強い痛みはありません。
処置は5分位で終了します。
処置の後、自宅でのケアについてご説明します。
自宅でのケア
自宅でのケアは「傷にテープを貼る」と「胸にバンドを巻く」の2点です。
シャワーは傷にテープを貼ったまま浴びてください。
お腹まででしたら、湯船のお湯につかることも可能です。
また、術後1か月間、胸にバンド(サポーターのようなもの)を巻きます。
このバンドは手術部位の皮膚がよれたり、変なシワが入ってしまったりしないようにするためのものです。
当院では日中のみバンドを巻いていただき、夜間は外していただいています。
運動の制限
術後特に問題がなければ、2~3日目から軽いウォーキングやジョギングが可能になります。あまりハードでない筋トレも可能です。
コンタクトスポーツなど激しい接触があるスポーツは術後3週間からになります。
術後1週間から1か月までの経過と過ごし方
抜糸
術後1週間~10日の時点で抜糸します。
抜糸は5分位で終了します。
抜糸は痛いものと思っている方がいらっしゃいますが、痛みはほとんどありません。
「あれ?痛くないのですね!」と抜糸が終わった後によく言われます。
内出血
内出血は術後1週間頃から次第に紫から黄色に色が変わってきます。
色が黄色に変わったら、あと1週間ほどで完全に消えます。
腫れ
術後1週間ではまだ腫れが残っています。
痩せ型の方で約1か月、それ以外の方は約3か月かけて腫れがひいてきます。
過ごし方
抜糸が終わる頃にはだいぶ痛みも軽くなっています。
徐々に元通りの生活に戻していってください。
この頃になると軽い運動を行った方が全身の血行がよくなるため、かえって回復が早くなります。
引き続き、日中の胸のバンドは継続してください。
術後1か月以降の経過について
この時点では運動や生活の制限は全くありません。
しかし、まだ以下のような症状が残っています。
腫れ
早い方は術後1か月頃には腫れがほぼ無くなっています。
しかし、通常は1か月の時点ではまだ軽度の腫れが残っています。
見た目の結果は術後3か月頃まで待つ必要があります。
硬さ
術後1か月頃は皮膚が一番硬くなります。
これは皮下脂肪が一時的に硬くなることによる症状です。
約半年から1年かけて徐々に柔らかくなっていきます。
痛み
1か月の時点でもまだ「たまにチクチクする」「動かすと少しつっぱるような感じがする」といった症状があります。
これは、1か月の時点では傷が治ったように見えているのですが、皮膚の下では瘢痕と呼ばれる硬い線維状の組織がたくさんできていますので、腕を大きく動かすと胸のつっぱり感がでます。
また、手術によって細かい神経(皮膚の感覚に関する神経)がダメージを受けていますので、違和感やチクチク、ピリピリといった症状がでます。
これらの症状は数か月~1年位かけてゆっくりと改善してきますので、あせらずに待つことが大切です。